愛は一方通行

取引先のおじいちゃんと食事に行きました。


取引先といっても、私が働いている職場の中に事務所を構えているところで、しょっちゅう会いますし、お会いしたら少し立ち話をするような良好な取引先のおじいちゃんです。西さん(仮称)と言います。

先日、話の流れで西さんに食事のお誘いを受けたので、職場の近くの飲み屋さんに行きました。
私はお酒はへなちょこなので、申し訳ないなーっと思いながらカルピスを飲んでいたら、西さんも「俺も呑めないからさ」と烏龍茶を注文していたのは気を遣っていただいたわけではないと思います。


で、お会計。ここで今まで幾人の大人と大人が見えない確執を重ねてきたことか。私は覚悟を決めてご馳走になりました。もちろんワンアクションフリーペイはしました。でも、びた一文払っていません。だって、西さん払わなくてイイって言うんだもん。


※ワンアクションフリーペイとは
飲み会の会計時にお財布をおもむろに取り出し、支払うそぶり(ワンアクション)をしておいて、実はびた一文支払う気はないこと(フリーペイ)
ようは予定調和の小芝居である。


もともと親子ほども年が離れているふたりです。二次会の雰囲気でもないため、そのまま帰る雰囲気になり、「それでは...」と言うと、西さんはなにやら物足りないご様子。だってまだ20時30分だもんね。でも、どこ行こう。っと少し考えていたら「カラオケいかがっすかあああ?」っとキャッチのお兄さんにお誘いを受けました。

すると「カラオケ行こうよ」っと西さん。意外とノリ気です。私もカラオケが落とし所かなーっと少しゲスな考えがよぎり行くことにしました。


カラオケで、西さんは加山雄三吉幾三石原裕次郎等と予想どおりの選曲をするものだから、私もバンバンや清水健太郎越路吹雪を唄い、歌謡曲で張り合いました。西さんはとても楽しそうに聴いて、一生懸命に熱唱して、そんな西さんを見て、私自身も嬉しい気持ちになりました。


そう、そこには確かに友情の二文字がハッキリと浮かんでいたのです。


最後に一緒にサライを歌い、デンモクの履歴は老人会の集会後の二次会カラオケさながらです。


で、お会計。ここはもうワンアクションフリーペイでは済まされませんし、私だってそのつもりはありません。だって、友だちは対等じゃなきゃいけません。
伝票をとり、さっそうとお会計フロントまで行こうとすると、西さんがお約束どおり駆け寄ってきました。


西さん「俺が払うから!」

私「いえいえ、さっきも払ってもらっちゃって、ここはもう私に任せてください!」

西さん「いいから伝票貸せっ!」

私「いいえ、ダメです!」

西さん「おこるぞ!」

沈黙「…………」


少し険悪な空気が流れました。あーもうこれじゃあ結局ツーアクションフリーペイじゃんか。と思いながら、西さんにしぶしぶ伝票を手渡しました。

払っておくから先に行ってて、という西さん。でもエレベーターで先に一階まで降りるほど無粋じゃりません。フロント前でじっと待ってました。すると、西さんと店員さんのやりとりが耳に入ってきました。


店員「項目はなにになさいますか?」

西さん「項目?」

店員「飲食代・カラオケ代・接待費がございます」

西さん「あぁ、接待費でお願いします」


えっっ! ちょっと待って! 今なんて? 今の言葉、プレイバック!

接待費でお願いします」

えぇぇぇぇぇー! ちょっと待って! 今なんて? 今の言葉、プレイバックPart2! ってもういいか。


いや、接待費ってなんですか? もしかして経費で落とすおつもりですか? しかも勘定項目は「接待費」!
接待なの? ねぇ、接待されていたの? 飲みの席では痛風がでてきたという悩みを赤裸々に話してくれて、カラオケでは「海 その愛」を一緒に熱唱したあのときの全部は「SETTAI」だったの?

でも、私には問いただすことはできませんでした。答えを聞くのがこわかったんです。真実はたいてい残酷らしいですし。

きっと一次会も接待費で落とすんでしょう。そう思うとあのときの彩られていた場面場面が全部薄汚れた作り笑いと見返りでまみれた接待という言葉で汚されていきました。


こんなことなら意地でも自分で支払うべきだった。こんなことなら、こんなことなら…悔やんでも悔やみ切れません。


別れ際、西さんは「今日は本当に楽しかった。まさかこの歳で若い人とカラオケ行けるたぁ思わなかったよ。ありがとう!」とにんまりしながら言い残し都会の雑踏に飲み込まれて行きました。


薄汚れたお金の匂いだけを残して…